4年間お世話になりました、片梨です。
ついにしました卒団を。大学生活4年もあるぞ!なんて思っていたのも束の間、なんと卒団。見守ってくださってありがとうございました。
まず大きく振り返るんですけど、
そもそもワタシは何をしてもダメダメだった1回生でした。できない→プライドが許せない→苦しい→動けない→できないの負のループが本当にひどくて両親からはサークル辞めろと言われるほどにはグダグダでした。今でもこの負のループの考え方はたまにこちらを覗いてくる。
2回の途中になって大道具のマルチタスクの難しさとかグループワークの繊細さとか、自分の能力では大変な役職だなーって感じて、この辺でじょーかーさん(28期)に勧められて広報を始めたんだと思います。これがまあ天職で、知識を吸収しながら吐き出すって個人芸が楽しくて、努力を楽しめる領域に入ったと思います。
この頃あたりからAdobeのソフトを在学中にたくさん使えるようになりたい!と思うようになりました。
3回生の実習で「制作実習:メディアクリエイティブ」ってのがありまして。ここで初めて一眼レフの使い方を学んで、舞台写真を撮り始めました。広報然り、自分の技術が瞬時に目に見える形になるってのがワタシのやる気とか刺激してくれてどハマりしました。コイツもより技術力を上げたいなと思って、撮った写真をじょーかーさんとかに見みてもらって批評してもらったり、宝塚さんとか他劇団さんとかの舞台写真を舐め回すように見たりしてました。ここでやりたい事はとことん追求するんすよって人だなと思いましたね。
そんなこんなで4回生になって、後輩たちから自分の持ってる知識を教えて欲しい!と言ってもらえる機会が増えて嬉しく思います。
まー、大まかに言うとこんな感じ。
ダメダメだったワタシが後輩から慕われるまで大きな先輩になれたんだなあと思います。自分で言うのもなんだけど。感謝が止まらないです。
前置きはこんな感じで、
それでは今から公演ごとに振り返ります。
・22新歓『Second Wish』→観客
撫子さん(26期)に勧められて初観劇。Banditzに入部しよかなって当時は思ってたところ、万絵巻のチームの雰囲気がすごく温かく感じて入部を決めた。ちくわ(29期)とお話ししたね。覚えてるよC棟2階で話したん。
・22TC前座『Typhoon』→役者
なんだっけ、地震レンジャーだっけ。声が出るって自信だけで役者やってた。当時の写真も動画もワタシのスマホに残ってる。標準語が話せなくて関西弁で喋ってた。正直見返すのん恥ずかしいけど初々しいスタートと考えればかわいいのかもしれない。
S棟で22TC本座の『Metoro』のシーン回しのダメ出し中、真面目な話をしてるのにL棟からワタシのセリフ、「どうでもええねん」が聞こえてきておもろかったってハブさん(26期)が言ってはったなあ~。
・22夏『キタイ』 →役者、音響
確かゲキタイ。ナダルさん(26期)と真弓さん(26期)とペア組んでやってた。夢のオールスターやんって思う。セリフ覚えるんが大変やった。稽古以外にも水遊びとか缶蹴りとか楽しいイベントいっぱいだったなーー。ナダルさんの椅子のマジック(筋肉ゴリ押しの)とかゲラゲラ笑った。
夏キャンは四国行った。道後温泉の帰りの車で「ジョーーン!!」と「アサツキ!」が生まれた。この「ジョーーン!!」は25卒のアドニスにパンフ撮影でリバイバル撮影してもらいました。感謝。Dバンク16に入ってます。
1番は難波の三角公園の近くにあるレンスペ。カジノセットあってポーカー一生してた。あれは楽しかったね。
公演中にパネル蹴りました。
・22秋『ラビリンス』 →大道具、小道具、音響
夏頑張ったから休憩してました。
剣つくりました。閉店寸前の20時までコーナンで作ってました。ジョンもいた。
アドニスが死んだヤモリ捕まえてたからヤリスの墓とか言って墓建てた。翌日には無くなってた。小道具って大変だなってすごく思った記憶あります。すごいと思う、小道具さん。
・22卒『新倫敦に天使はいない』→役者(アンサンブル)、大道具、音響
ハブさんやヨネさん(26期)から銃の撃ち方と撃たれ方についてめっちゃ教えてもらった。芥川公民館でたくさん練習した。これ面白くて、人によって流派があるんやなーって思った。ガヤの練習とかポンさん(27期)たちとたくさんした。アンサンはアンサンですごく楽しかった。
~大入袋をみて~
ヨネさんへ。29期は本当にいいメンツでした。忙しい中でもワタシのために心配してくれる、本当にいい同期だったと思います。
みとさんへ。3回もオペやりました。しかも芸創で。23秋オペの初めての第一歩はみとさんが押してくれたんだと思います。
・22新発『シザンサス』→大道具チーフ、役者(アンサンブルに変更)
キャパオーバー。それに尽きる。あんまりこういう話するなよ~ってなると思うけど、ワタシは包み隠さない。ここが人生の転換点だから。
丸舞台作るのん考えるだけで行動に起こさなかった。結局ヨネさんに作ってもらった。OBやのに、、、。
鬼灯さん(28期)に大道具チーフ補佐ついてもらって、なんとか舞台は完成しました。本当にありがとうございました。
1番覚えてるのんが、WAMのホワイエにペンキこぼしました。もうペンキ持って行かんくていいなって話した。なんで持っていったんやろな。
役者の話としては、じょーかーさんに代役してもらった。本当にありがとうございました。
他には、アドリブ長くて演出のモンちゃん(28期)が頭抱えてたとかなんとか。
今でもモンちゃんから言ってもらった「責任感」とは何かと今でも考えることがあります。
・23年の新歓イベント→広報
何気に初広報。実習のグラ基礎でイラレを触っていたのでいけるやろ!とか思ってたら、知らないことだらけだった記憶。役職体験チラシの各役職のアイコングラフィックを作った。タイポグラフィというか、漢字を役職に当てはまるように作るのが結構楽しかった。例えば大道具なら「大」の字をトンカチ(殴り)の形にタイポグラフィしたりとか。
トレースの基本操作をそこで学んだ。ベジェ曲線すらわからん状態でようやったわと今思う。
・23TC『君が感じれば、世界は』→大道具、音響
役職の仕事よりかは前座の30期の方を見てた記憶が大きい。同期の浅葱(29期)1人だけで前座の子ら全員見るのんは大変そうだったしーって。それと後輩を持つことが人生で初めてだったこともあって色々企画とかしてたけど、今思うとすげぇ迷走してるんやなって思う。迷惑もかけたなって改めて思います。
前座で殺陣してみようとか色々魅力的なことを企画してて、知識に対して貪欲な後輩たちがきた!羨ましい!と当時思ってました。
・23夏『藍色』→当日制作
キャンプと高岳館だけ参戦おじさん。たゆたゆ(30期)とにしき(29期)の博士コンビが様になりすぎてた。演劇の役者って魅力的だなあって思ってた。キャンプではアドとギターピアノセッションしたり、高岳館で夜な夜な話したような記憶があったり。後輩らの前座からの成長の伸び具合が大きくて見てて楽しかった。
・23秋『邂逅』→大道具、オペ
何気に初オペ。本当にえる(30期)すごい。それに尽きる。ワタシがヒイヒイ言ってる間にもオペワークも完璧にこなしてた。淡々と仕事をこなす姿に憧れてた。この辺りから先輩だけども先輩面したりするプライドなんて必要は無いのかと思えた。先輩後輩関係なく教えてほしいことは聞く姿勢を作った。一回生で殺陣もこなしてすごいと思う。
浅葱へ、
25卒終わって思う。撃つ銃によってSE変えるこだわりは凄いと思う。音響に田井する熱量はどの公演以上じゃないかなって思う。
・23卒『鴉翼』→大道具、広報
ぽん酢さん(27期)の卒団特集のデザインを担当しました。ポンさん手作りのままかり寿司とかの沢山の料理の写真をいただいて、加工して、レトロな新聞風に紹介しました。今見ればもうちょい頑張れるようなーなんて思いますが、それでいいんです。ポンさんがLINEのトプ画にしてくれてはるのを見て、凄く嬉しく感じました。頑張ってよかった!って心の底から思いました。
確かこの辺りで紅葉狩り主催して行きました。あれは本当にいい思い出です。来てくれてありがとうございました。
・23新発『レンチキュラーグリーン』大道具チーフ補佐
不甲斐ない先輩で本当にごめんと思った。常に進捗も聞けず、動きやすい環境を作れなかったりだとか、その負担が全部シェレ子(30期)に回ってしまって、本当に申し訳なかった。今ならもっと楽しくチーフ業に専念させてあげれたのかななんて思ったりします。
・24TC『ハッピーエンドの創り方』→大道具チーフ
流石にここまでチーフやらせてもらうと慣れてきた印象あった。関大の中で完結してるのもあるしね。イントレ付きの舞台図とかどうやったら見やすくなるかなーなんて色々考えてた。あとはCanva流行ってたのでイントレの組み方とか、そのほか説明が必要な業務は画像で説明できるようにした記憶ある。初めて大道具する方もいらしたので、工具の名前とかも分かりやすく解説作ったね。
本当に大道具ついてきてくれてありがとう。
そういや、ここで初めてカメラ触りました。今では見れないような出来の写真しかありません。でも当時は撮れた気でいたんよなあなんて。
・24年6月『奈落の底には』→大道具、(広報)、映像
イドら(31期)の前座見てたと思う。エレベーターのシーンとか、フランスパンのシーンとか、茶屋節とか。毎年思う。前座やる子らは覇気がすごいって。新入生の本気で楽しむ元気さにビビッとさせてもらってました。
それと、2回目の写真撮りました。じょーかーさんから批評いただいてのリベンジ。照明とかのモノの写真は撮るのん上手かった気がする。人はまだまだ撮れへんなー思いながらがむしゃらに頑張った。
・24夏『星のひかり』広報、映像、当日制作
なんだっけ、ロゴ作ったわ。浅葱はね、広報の指示が的確というかゴールがこれです!って明示してくれたからすげー作りやすかった。ここでイラレもっと遊ぶかーって色々やりました。
他にはじょーかーさん協力でゲーム大会開きました。「見斬れ!夏チームゲーム祭」だっけ。クソコラばっか作ってイラレに慣れようとか、Ae使ってみようとか技術面で色々頑張りました。何時間も丁寧に構想を練って、開催、振り返りまで含めてじょかさんから学べることはすごく多かったなと思ってます。心眼00秒うしみつとかそれぞれ面白いことがあったね。優勝はそろり(31期)。参加してくれてありがとうございました。
またまたカメラ撮りました。有象無象、抽象的なイメージの劇で撮った写真はどんなんだったかあんまり記憶にない。後で振り返ろうかな。
当日制作でコン(31期)と話した記憶があります。
・24秋『志士累々』→音響オペ、映像、制作
オペ頑張りました。一緒にオペやったコンの知識への貪欲さがすごいし、殺陣とかの習得早いし、なんせ努力できるし。そんな行動力の権化であったコンを見てると、こんなんで先輩名乗っていいんすかねと結構悩んだ記憶があります。ワタシが悩んでも良くないなと思って死ぬ気で頑張りました。頑張れてたのかな。
コンが楽しくオペできるようにiPad使って色々オペの仕事を共有しました。殺陣とかも、カン、キンキン、バーン!とか言いながら一緒に覚えれたのは楽しかったです。ありがとう。
映像に関して。写真はハリー(31期)に撮ってもらったかな。どうやって撮ればいいんですか?って聞いてくれたので、構図意識すればいいよーとだけ伝えたらバケモンみたいなクオリティの写真撮ってきたのを覚えてます。この時、今のワタシの持ってる知識を一緒に勉強しながら伝えて、万のカメラマンになってもらって、ワタシらの卒で神の写真を撮ってもらおうと心に決めました。これガチです。
当時ワタシも実力、知識量はまだまだだったので必死に基礎を勉強しました。そこで勉強したことの長話も聞いてくれました。聞いてくれる後輩がいるから頑張れるんすよ。本当にありがとう。と伝えきれない。
・24卒『精霊のAGEHA』→広報、制作、映像
ここになって初めて外に出る系の広報物を作りました。チケットです。モンちゃんが深夜2時から3時くらいまでつきっきりで添削を繰り返してくれたので、お互い満足のいくチケットを作れたなと思います。ルービック(30期)にこのチケット好きって言ってもらえたのがすごく嬉しかった。さすがモンちゃんだなあと。
映像はね、撮影頑張りましたよ。場当たりとゲネの前半だけだけど。ここまで見てもらったじょかさん、鬼灯さんたちに伝える最後の感謝の気持ち。そう思って撮りました。半年くらいの学びが活かされた。そう思います。後半はハリーに撮ってもらいました。引きの画角のクオリティが異次元。これが舞台写真だなと勉強させてもらいました。任せてよかったと。ワタシには撮れない写真を撮る後輩の姿は頼もしかったです。
・24新発『咲かないスイートピー』→制作、映像
広報さんのクオリティはすごく高かったと今見るとスゲー思う。ただワタシはでしゃばりすぎた。反省してます。
映像はね、撮りにくいWAMで頑張って撮りましたよ。階段登ったりしながら。まー、よく撮れたんじゃないのかな。
この辺りからカメラ使ってみたい!って後輩が増えてきた気がする。コンやったかなこの時は。
プチ思い出といえば29期で希望軒行ったこと。29期の安心感をスゲー感じた。
・25新歓『あのこはゆうれい』→広報
ガチグロでした。ビラを4日で作ってください!と言われ、猛反発。1.5週間に伸ばしてもらいました。万絵巻の楽しさを伝えながら、デザインを刷新する。新しいミッションを自分で掲げたワタシは無限のやる気に溢れてました。もぎ(29期)ちゃんと相談しながら色々頑張った。これも遅い時間に付き合ってもらったりしてたので本当に感謝。紙一枚じゃ足りへん!ってなってQRコードからこんなイベントやってます!のページに飛べるようにしたし、やることいっぱいの中試行錯誤できて過去一広報が楽しかった。
表紙の写真、8割僕が撮ったんすよ、っていえたのが自慢。浅葱が看板役者です笑
・25TC『Maquina』→大道具、映像
撮影頑張った。自分と写真との解釈が一致してきた。もうええかなってこの頃から思うようになって、早く後輩にカメラを渡したい!となってた。
そういやこの時にドラえもんのスネ吉兄さんのオタク話を元に撮影講習会開いたら、めっちゃ参加してくれたし好評で嬉しかった。
やっぱり話を聞いてくれる後輩に恵まれて本当にありがとうって伝えたい。
とはいえ万絵巻SNS周りで出しゃばって迷惑かけたのもこの時期。もうでしゃばるなよ。と自分に喝。
・25夏『はむはむ幼稚園』→広報、(大道具)、制作
いや、何作ったっけ。(パソコンカチカチ中)あー、Tシャツ表面ね。この頃からずとまよのデザインに脳みそ直撃されてずとまよ色に染めたろか頑張ろか思ってた。(よくない)
いや、おもろいね。ワタシの作ったデザインを着てくれることの喜びを味わいました。
夏キャン行きました。久々に運転したし、秋山歌いながら高速道路爆走するのはいい思い出です。
このあたりから全体的に後輩見るんじゃなくて、特定の後輩と仲良くなることが増えました。(気付くのん遅かった。)万人生2回目の転換期かもしれないね。結構考え方が変わったと思ってる。ありがとうございます。
シャカパは公演終わってから作り始めました。どうせ作るやろ精神で。これも実はずとまよが元ネタ。とはいえ、いろんなスタッフT調べて作りました。ワタシの会心の一作です。(ワタシは洗濯機回してしまって着れんくなって悲しい)
・25秋『シュガー・ティガー・ディザー』→大道具、広報、制作、映像
広報はSNS投稿用画像。鯖イ82尹(31期)と一生ウダウダに付き合ってもらいながら作りました。1人ではあれは作れんかった。本当に一緒に手伝ってくれる後輩に感謝。
ヴェイパーウェイヴだっけ、面白かった。色々調べながらバグったダビデ像とか作った。自己評価としてはチープな感じだったけど、元凄腕広報のOB、OGから今回SNS力入ってて良かったよ!って言ってもらえてガチ嬉しかった。成長は止まらない。
写真も撮りました。殺陣、すごく良く撮れました。照明さん、衣装さん、そしてダイナミックに動いてくれる役者さん。全てが噛み合ってめっちゃいい写真が撮れるんだなって思いました。ここで撮った写真をアイコンにしてくれてる人も居たりして本当に嬉しい。
撮らない!と結構宣言してたので、場当たりだけ撮りました。ゲネは杏たち(31期)が撮ってくれた。杏は欲しい写真を欲しい画角で、尚且つ解釈一致の構図で撮ってくれる。バケモンです。31期カメラマンはバケモンしかいないです。本当にワタシの写真のウダウダ話に付き合ってもらってありがとう。と本当に思います。
制作はお茶会。楽しく過ごせました。
この頃には万ラジの編集者としてPrをたくさん使ってました。
・25卒『暁の追憶』→音響オペ、役者、広報
やりたいこと全部やりました。オペに役者に、パンフ撮影に、王国の紋章デザイン、新しい楽器の習得、アンサンブルの分のSNS紹介画像。ワタシだからできることってのをアドが用意してくれたんだと思ってます。
ようやったよ。今挙げただけで6個の仕事。昔ならキャパオーバーで動けんかったと思う。でもワタシが出来ることだけをやってるだけで公演が成り立つ29期と他のみんなの底知れぬパワーを感じました。
ゲネ撮影に関してはハリーと杏が。他に新しいメンバーとして、うぃすぱー(32期)、ハート♡ガイ(32期)がカメラを初めて持ってくれました。24秋からの夢が叶いましたね。ハリーたちにワタシらの卒を撮ってもらうって夢が。もう解釈一致の写真しかない。一枚一枚のクオリティが高い。もう僕は言うことはない。撮ってくれてありがとう。
ほんとこれ以上はね、色んなものを感じて、見つけてください。(ヤマダ風)
そして後輩へとワタシのオタク魂を引き継いでください。と思います。
3回、4回になるにつれ、撮影に関しては本気で勉強して、魂を引き継げれて良かったなと思います。
また、広報でもワタシの話を聞きたいと積極的に聞いてくれる後輩も増えて、とても嬉しく思います。
ここまで読んでくれてありがとう。
万絵巻で片梨を育ててくれた皆様へ、最後にメッセージを。
後輩へ。
やっぱりワタシとして、話を聞いてくれる後輩にはしっかりと応えたいと思う。その心を大切にしてきた甲斐があったなーって。そう思えるような先輩に育ててくれてありがとう。
得意分野の一本のゲージが振り切れた時に強くなれる。それを信じて突き進んで欲しいなと思う。
先輩へ。
たくさん迷惑かけました。すみません。では済まないほどの迷惑をおかけしました。その中で、最後までやり通すマインドとか、相手のモチベーションを考えるマインドとか、ワタシが万絵巻に入団してなかったら知れなかったことがたくさんあります。それがなければ今のワタシは形成されていないと思います。色んな人から色んな優しさを受け取れて本当に良かったと思います。
ありがとうございました。
同期へ。
こんな自己中でめんどくさい性格のワタシを4年間も大切に見てくれてありがとう。
みんなが見守ってくれたから乗り越えれた。殻から飛び出せた。
みんなの姿見てたらまだまだだと思うけど僕なりにこれからも殻から飛び出し続けられるように頑張ろうと思います。
本当に4年間ありがとう。