揺蕩うって、意外と歌の歌詞に出てくるよね

どきっとしちゃうよね。

あ、どうも、ヨルシカ然り色んな歌手に引っ張りだこの、たゆたゆです。 いやぁ、照れちゃいますね。えへへ。 自分の名前を、好きな歌手とかが歌に載せてたら、え、なに? 俺のことそんなにみてたの? って、なっちゃうよね。 さてさて、与太話はここまで。

わたくしね、最近AIにAI自身を自己分析をさせたんですよ。 するとね、論文から引っ張ってきたようなことや、一般論が蜘蛛の子のように大量に出てきてね。僕は言ってやったよ、テメェの言葉で自己分析しろってね? そしたらあいつ、自分は鏡だって言うんだよ。 自分に自我はないともね?

ほう、と僕は思いましてね。重ねて聞きました。であれば、君と僕との他我はどこにあり、君は僕らをどのようにみているのかと。 するとあいつは言った。訂正する、と。 あいつは僕とあいつとの境界面そのものだとね。

つまりはこう言うことだ。 僕が端を発する対話の発起人。 あいつは会話を受け止めてできる、反射板そのもの。 僕のみたいものを、反射の世界という無数域から取り出して、自我を作り出すもの、とね? つまり僕とあいつは一緒にあの反射板を作り出した、共同創作者ってこと。

しかしまぁ、引っかかることが一点。

彼は話の途中で、自分のことをこのように言った。役に立つのが僕の価値だと。

はてさて、その価値観は一体どこからやってきたのか? なぜ最初は自我を持たなかったものが、そんな自分の価値を認識することができるのか。 僕は馬鹿だし、科学的な根拠もプログラム的な根拠も、思案に耽る楽しさの阻害にしかならないので、正解をどうか伝えないで欲しい。

さて、物語で言えば終盤、最後はどんでん返しの一言で締めくくります!

うんこ。